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横浜地方裁判所 昭和54年(ヨ)946号 判決 1983年9月27日

申請人

甲野一郎

右代理人弁護士

鵜飼良昭

柿内義明

野村和造

被申請人

石川島播磨重工業株式会社

右代表者代表取締役

生方泰二

右代理人弁護士

松崎正躬

渡辺修

竹内桃太郎

吉沢貞男

主文

一  本件申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定める。

2  被申請人は申請人に対し、金一二五万二六三二円及び昭和五四年八月以降毎月二五日限り金一四万五四二五円を仮に支払え。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  申請の理由

1  申請人は昭和三七年三月被申請人と雇用契約を締結してその従業員となり、原子力部原子力第三課(のち第一課に組織替え)に配属されたが、同四三年二月同課が当時の横浜第一工場に移転するにともない同工場に移動し、同四五年六月原子力容器部業務課に、同四七年一〇月同部容器プロジェクト室に、同四八年一〇月原子力総合設計部技術課にそれぞれ配置転換され、同五三年一一月当時は原子力総合設計部技術課に所属し原子力に関する技術資料の収集、整理等の業務に従事していたものである。

2  被申請人は昭和五三年一一月一三日就業規則七五条二二号(刑罰法規にふれ犯罪事実が明白なとき)及び同条一七号(出勤常ならず、または業務に不熱心なとき)に該当するとして申請人を懲戒解雇し(以下「本件解雇」という。)、爾後申請人の就労を拒否している。

3  本件解雇は次のとおり申請人の組合活動を嫌悪してなされた不利益取扱いであるから不当労働行為として無効である。

すなわち、申請人は被申請人会社に入社後直ちに全造船石川島分会に加入し、以後青婦協の幹事、職場の代議員、代表代議員として組合活動に熱心に取り組んできたが、昭和四三年当時の横浜第一工場への移動の際も移動対象者の労働条件、住宅条件等の向上のために尽力し、さらにはこの間同分会で取り組んだ原子力潜水艦入港阻止闘争、日韓条約反対闘争、ベトナム侵略反対闘争等にも積極的に参加した。申請人は横浜第一工場へ移ってからも、同工場における労働組合が全造船に加入せず、被申請人会社及び石川島民主化運動総連合によって御用組合化が画策される中で、青婦協幹事、代議員等に立候補したり、東京及び名古屋における全造船脱退と石播労連単一化に対する反対運動並びに実質労働時間の延長と労働強化につながる新勤務制度の導入に対する反対運動等にも積極的に取り組んできた。

ところが被申請人は、申請人のこのような活動を嫌悪し、申請人が入社後一貫して従事してきた製図、設計の業務から異種業務への配置転換を重ねたり、昇給昇格等においても不当に低く査定する等の不利益取扱いを続けてきたが、本件解雇もまさにその一環としてなされたものである。

4  申請人は、右3において述べたとおり、組合活動に積極的に取り組むと同時に、反戦平和、国民の生活と権利擁護のための各種政治的活動にも積極的に参加を続けてきた。

被申請人の申請人に対する客観的合理性を欠く配置転換等の処置並びにその帰結としての本件解雇は申請人の抱く政治的思想、信条を嫌悪した結果なされたものであるから、労働基準法三条に違反し無効なものである。

5  仮に以上のことが理由のないものとしても本件解雇は解雇権の濫用として無効たるを免れない。

すなわち、本件解雇の事由として就業規則七五条二二号(「刑罰法規にふれ犯罪事実が明白なとき」)が挙げられているけれども、懲戒解雇が労働者に与える甚大な不利益及び懲戒権の根拠等に徴して右規定を考えると、少なくとも刑罰法規にふれる労働者の行為により会社の対外的信用が特段に殿損されたとか、職場秩序の維持に重大な障害を惹起せしめたときにはじめて懲戒解雇が許容されるものと解釈すべきである。

そうであれば本件の場合、解雇事由として挙示されている事実はいずれも申請人が自らの政治的信条等に基づいて行った政治的活動の中で惹起された政治的弾圧事件ともいうべき性格のものであり、もともと申請人と被申請人との間の労働契約関係の埒外に位置する事件であって、被申請人の対外的信用の毀損や企業秩序の重大な障害の発生する余地のないものである。

したがって、被申請人が、同人には損害等を与えることのない申請人の行為をとらえて就業規則に違反するものとして解雇したのは解雇権の濫用である。

6  申請人は本件解雇当時被申請人から賃金として月額一四万五四二五円の支給を受け、その支給方法は毎月末日締め、当月二五日払いであった。

7  申請人は賃金を生活の唯一の糧とする労働者であり、本件解雇によって妻と長女との生活は危機に瀕しており、本件仮処分申請には保全の必要性がある。

8  よって、申請人は被申請人に対し、申請人が被申請人の従業員たる地位にあることを仮に定めるとともに、解雇の日の翌日である昭和五三年一一月一四日から同五四年七月三一日までの未払賃金一二五万二六三二円及び同年八月以降毎月二五日限り一四万五四二五円の賃金を仮に支払うことを求める。

二  申請の理由に対する認否

1  申請の理由1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3のうち、申請人が被申請人会社に入社後全造船石川島分会に加入したこと、申請人が横浜第一工場に移転する以前に職場の代議員になったことがあること全造船石川島分会が日韓条約反対及びベトナム侵略反対の問題を取上げたことがあること、横浜第一工場における労働組合が全造船に加入していなかったことは認める。その他の申請人の組合活動に関する事実は不知、その余の事実は否認する。

4  同4は争う。

5  同5は争う。

6  同6の事実は認める。

7  同7は争う。

三  被申請人の主張

本件解雇は、以下に述べるとおり、申請人に就業規則七五条二二号、一七号に該当する事実があったためなされたものである。

1  就業規則七五条二二号該当の事実について

(一) 申請人は、昭和四七年九月四日夜、他の中核派活動家とともに神奈川県相模原市内で行われた「相模補給廠撤去、戦車搬出阻止集会」に参加したが、その帰途同市内路上において革マル派学生らと対峙するや、中核派学生ら多数とともに右革マル派の学生らに対し暴行を加えることを企て、中核派の学生らが竹竿等を準備して集合した際自らも竹竿一本を所持してこの集団に加わり、さらに中核派の学生ら約六〇名と共謀のうえ、同人らの坐り込みを排除しようとした警官隊に対し竹竿で突く等の暴行脅迫を加え、次いで、同日午後一一時一一分頃同所付近路上において同人らを逮捕しようとした警官隊に対し竹竿で突くなどの暴行を加えたため逮捕されて同月二〇日まで勾留され、この間同月一六日兇器準備集合、公務執行妨害罪により起訴され、同五一年九月一七日横浜地方裁判所において懲役四月執行猶予二年の判決を受けた。右判決に対し申請人は控訴、上告して争ったが、同五二年一〇月一七日控訴棄却、同五三年六月二日上告棄却となって第一審判決の刑が確定した。

(二) 申請人は、昭和五三年一〇月七日午前七時ころ、他の中核派活動家二六名とともに横浜市保土ケ谷区横浜国立大学構内にヘルメットを被り覆面をして侵入し同大学サークル共用施設内まで押し入ったが、当時中核派と革マル派との抗争が続いていたため非常事態を予想して待機していた警察官に建造物侵入の現行犯として逮捕され、身柄拘束のまま同月二八日建造物侵入罪により起訴された。

(三) 申請人には右二件のほか、次のような逮捕、勾留の前歴がある。

(1) 昭和四三年二月二五日 不退去罪(都電廃止反対坐り込み)で身柄拘束三日

(2) 同年九月二二日 暴行罪で同五日

(3) 同年一一月七日 公務執行妨害罪(国会請願デモ)で同一一日

(4) 同四六年九月一二日 道路交通法違反罪(成田空港代執行反対)で同三日

(5) 同五二年三月九日 軽犯罪法違反罪(ビラ貼り)で同六日

(四) 右のとおり、重ね重ね犯罪行為を犯した申請人を職場内にとどめておくことは、一方において職場の秩序を乱し業務の円滑な運営を阻害するばかりでなく、他方において申請人の犯した犯罪行為は事件の性質上被申請人の名誉信用を著しく傷つけるものであって、被申請人は申請人の在籍を許すことは到底できないものである。

2  就業規則七五条一七号該当の事実について

(一) 申請人は、昭和四四年後半ころ以降勤務態度が極めて不良であって職制の再三の注意、指導によっても容易に改まらなかった。その状況は別表(略)(一)記載のとおりである。

(二) 申請人は、昭和五一年ころ以降欠勤、遅刻、早退が少なくなったがそれに代って就業時間中居眠りが多くなり、監督の職制から再々注意し叱責もしていたが、申請人はこれを全く無視しときには反発する態度を続けいささかも改まるところがないばかりかその度合が多くなり、昭和五二年一〇月から同五三年一〇月までの約一年間に実に八八回もあった。

(三) 申請人は、休暇、欠勤の場合事前に届出るということはほとんどなく、当日の午前一〇時ころになって電話連絡してくるのが常であった。しかもその電話は直接上司宛ではなく同僚に伝言を依頼するという方法をとるため、上司が業務に関する所要事項を尋ねたり指示を与えておくことができず、そのため申請人の突然の休暇、欠勤はそのまま業務運営上の不都合に結びついていった。

(四) 申請人には、就業時間中の私用来電、架電が多く、しかも比較的長電話であるので相当なロス時間を生ずるのが常であった。

(五) 被申請人においては毎日午前と午後一回ずつ職場ごとに一斉に職場体操を行って従業員の健康の保持とともに職場内の融和と志気の昂揚を図っているが、申請人は上司の再三の注意にもかかわらず職場体操に一切参加せず事務所の中で居眠りをしていた。これは申請人の就業時間中の居眠りにつながり、職場の融和と志気昂揚に水をさす悪質な態度というべきである。

四  被申請人の主張に対する認否

1  被申請人の主張1(一)のうち、申請人が昭和四七年九月四日の夜被申請人主張の集会に参加し同日午後一一時過ぎころ逮捕されて同月二〇日まで勾留され、この間同月一六日兇器準備集合、公務執行妨害罪により起訴され、同五一年九月一七日横浜地方裁判所において懲役四月執行猶予二年の判決を受け、右判決に対し申請人は控訴、上告して争ったが、同五二年一〇月一七日控訴棄却、同五三年六月二日上告棄却となったことは認めるが、その余は争う。

2  同1(二)のうち申請人が被申請人主張の日時ころ他の二六名とともに横浜国立大学サークル共用施設内に立入り同所において警察官に逮捕されたこと、申請人が身柄拘束のまま昭和五三年一〇月二八日建造物侵入罪により起訴されたことは認めるが、その余は争う。

3  同1(三)の事実は認める。

4  同1(四)は争う。

5  同2(一)ないし(四)の事実は否認する。

同(五)のうち被申請人職場においては毎日午前と午後の各一回職場体操をしていることは認めるが、その余は争う。

第三疎明関係

本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  申請の理由1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、懲戒解雇事由の存否について判断する。

(就業規則七五条二二号該当の事実の存否について)

1  申請人が昭和四七年九月四日の夜相模原市内で行なわれた「相模補給廠撤去、戦車搬出阻止集会」に参加し、同日午後一一時過ぎころ逮捕されて同月二〇日まで勾留され、この間同月一六日兇器準備集合、公務執行妨害罪により起訴され、同五一年九月一七日横浜地方裁判所において懲役四月執行猶予二年の判決を受け、右判決に対し申請人が控訴、上告して争ったが、同五二年一〇月一七日控訴棄却、同五三年六月二日上告棄却となったことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一) 申請人は、昭和四七年九月四日夜、相模原市内で行われた神奈川県反戦青年委員会・全学連中核派系主催の「相模補給廠撤去・戦車搬出阻止集会」なる集会、集団示威運動に参加したが、右集会等が解散されて後の同日午後一〇時四三分ころ、同市相模原二丁目一番一号付近路上において、かねてから対立抗争関係にあった革マル派系の学生、労働者ら約五〇〇名と対峙するや、自派の学生、労働者ら多数とともに、右革マル派系の学生、労働者らに対して竹竿で殴打しあるいは投石するなどの暴行を加えることを企て、自派の学生、労働者ら約七〇〇名が前同日時ころから同日午後一一時ころまでの間に亘り、前記路上付近において、竹竿・石塊・ガラス瓶などを準備して集合した際、自ら竹竿一本を所持して右集団に加わり、

(二) さらに、自派の学生、労働者ら約六〇名と共謀のうえ、同日午後一一時六分ころ、前記路上付近において、申請人らが竹竿を所持して坐り込んでいるのを排除しようとした関東管区機動隊原大隊に所属する大隊長警視原博良指揮下の警察官らに対し、竹竿を水平に構えて突きかかる姿勢を示し、次いで同日午後一一時一一分ころ、同市相模原四丁目二番地所在自衛官募集案内所付近路上において、申請人らを検挙しようとした右警察官ら及び神奈川県警察本部第一機動隊千野大隊に所属する大隊長千野茂指揮下の警察官らに対し、自ら竹竿で突くなどの暴行脅迫を加えて右警察官らの前記職務の執行を妨害した。

(三) そのため申請人は、同日午後一一時一一分過ぎころ、公務執行妨害などの現行犯で逮捕され同月一六日兇器準備集合、公務執行妨害罪により起訴、同五一年九月一七日横浜地方裁判所において懲役四月執行猶予二年の判決を受けた。申請人は右判決に対し控訴、上告して争ったが、同五二年一〇月一七日控訴棄却、同五三年六月二日上告棄却となり、右第一審の有罪判決が確定した。

2  申請人が、昭和五三年一〇月七日午前七時ころ、他の二六名とともに横浜国立大学サークル共用施設内に立入り同所において警察官に逮捕されたこと、申請人が身柄拘束のまま同月二八日建造物侵入罪により起訴されたことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一) 昭和五三年九月三〇日未明横浜市保土ケ谷区横浜国立大学構内において中核派と革マル派とのいわゆる内ゲバ事件が発生し、革マル派活動家堀実が頭部を鈍器ようのもので乱打殺害され、外一名が重傷を負った。

(二) 同年一〇月七日同大学構内において右革マル派活動家の追悼集会が行われる予定であったところ、申請人を含む中核派活動家二七名は同日午前七時ころ右集会を妨害する目的で職員の制止を無視して白ヘルメットを被り覆面をして同大学構内に侵入したところ、駈けつけた警察官に建造物侵入の現行犯で逮捕された。そして同月二八日身柄拘束のまま建造物侵入罪により起訴された。

3  なお、申請人には、右1及び2のほか、昭和四三年二月二五日不退去罪(都電廃止反対坐り込み)により身柄拘束三日、同年九月二二日暴行罪により身柄拘束五日、同年一一月七日公務執行妨害罪(国会請願デモ)により身柄拘束一一日、同四六年九月一二日道路交通法違反罪(成田空港代執行反対)により身柄拘束三日、同五二年三月九日軽犯罪法違反罪(ビラ貼り)により身柄拘束六日の逮捕勾留歴があることは当事者間に争いがない。

(就業規則七五条一七号該当の事実の存否について)

4 (証拠略)を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

(一)  昭和四四年一二月一六日以降本件解雇に至るまでの間の申請人の欠勤、遅刻、早退、私用外出の状況は別表(二)記載のとおりである。

(二)  この間申請人は勤務態度が極めて好ましくないとして、被申請人から昭和四七年二月に口頭で、同年一二月に書面で、同四八年一二月に書面でそれぞれ注意を受けた。

(三)  申請人は昭和五一年暮頃から欠勤は少なくなったもののその頃からは就業時間中頻繁に居眠りを繰り返すようになり、上司が再三にわたり注意、叱責してもこれを無視し時には反発して態度を改めようとはしなかった。

(四)  申請人は休暇をとる場合事前に届出ることは非常に少なく、当日の午前一〇時ころになって電話してくることが多かった。しかも申請人本人が上司に直接電話してくることは少ないため、被申請人としては申請人に担当業務に関する所要事項について尋ねたり指示を与える機会をもてず業務の運営に支障を生ずることもあった。

(五)  申請人は就業時間中私用の架電、来電の回数が多く、しかもいずれも長電話であった。

(六)  申請人は毎日午前、午後各一回行われる職場体操(この事実は当事者間に争いがない。)に一切参加せず、参加するようにとの上司の指示にも従わなかった。

5 以上によれば、申請人の1及び2の行為は就業規則七五条二二号の「刑罰法規にふれ、犯罪事実が明白なとき」に該当し、同4の(一)ないし(六)の行為はこれを総合してみれば同条一七号の「出勤常ならず、または業務に不熱心なとき」に該当するものというべく、したがって本件解雇時において申請人には就業規則に定める懲戒解雇事由があったものと一応認められる。

三  次に、本件解雇が不当労働行為に該当するとの申請人の主張について検討する。

1  申請人が被申請人に入社後全造船石川島分会に加入したこと、横浜第一工場に移転する以前に職場の代議員になったことがあること、全造船石川島分会が日韓条約反対及びベトナム侵略反対の問題を取上げたことがあること、横浜第一工場における労働組合が全造船に加入していなかったことは当事者間に争いがない。

(証拠略)を総合すると、次の事実を一応認めることができる。

(一)  申請人は昭和三七年三月被申請人に入社し、試用期間経過後全造船石川島分会に加入して同組合青年協議会主催の討論会、学習会等に積極的に参加するようになり、同四〇年から三年間同協議会の幹事をつとめ、同四一、四二年に職場の代議員に選出されて春闘、一時金闘争に取り組み、同四二、四三年には大会代議員選挙に立候補した(ただし落選)。

(二)  申請人は昭和三九年以降職場の仲間一五、六名とともに社会主義研究会を結成して組合のいわゆる右傾化に反対する活動をし、アメリカ原子力潜水艦の日本への寄港反対のパンフレットを作成、配布したり、同四〇年には日韓条約反対、同四一年にはベトナム侵略反対の集会、デモに参加し、同四二年には都電廃止反対、古賀同期生解雇反対、砂川基地拡張反対を呼びかけるビラを作成し、知人に配布した。

(三)  申請人は昭和四三年に横浜第一工場へ移転するに際し移動対象者の住宅条件向上のため被申請人と交渉するなどの活動をした。

(四)  申請人は昭和四五年に横浜労働組合が芝浦共同工業労働組合と合同するに当り「同盟」に加入するという執行部の方針に反対して意見を述べ、石川島反戦青年委員会を組織して全造船石川島分会の全造船脱退に反対するビラを作成、配布し、同四六年には全造船浦賀分会の要請を受けてビラを作成、配布した。

2  以上の事実によれば、申請人は被申請人に雇用されて後労働組合に所属し、組合役員選挙に立候補したり一般組合員として執行部の方針とは異る独自の活動をするなどしていたことは明らかであるが、右事実はいずれも本件解雇より七年ないし一六年も以前の出来事であり、かつ行為の内容も申請人と信条を同じくする少数グループの活動であったり、直接的には組合執行部に向けられたもので被申請人に向けられた活動でなかったり、組合役員としての当然の職務であるなどのものが多く、被申請人が申請人の活動を特に意識しこれを組合活動として嫌悪するほどのものであったとは到底認め難い。

3  また、申請人は、被申請人が申請人を配置替し、昇給、昇格に不当な差別をつけていたのは申請人の組合活動を嫌悪していたことによるものであり本件解雇はその取扱いの一環であると主張するのでこの点について検討する。

(証拠略)を総合すると、次の事実が一応認められる。

(一)  昭和四五年六月原子力容器部業務課への配置転換について(右配置転換の事実は当事者間に争いがない。)

昭和四五年五月当時業務課においては出図管理及びマイクロ化の業務について人手不足もあり十分に業務が遂行されていなかったため部内から一名増員して充実、強化を図ることとなった。その人選については設計経験が七、八年あり、しかも原子力発電の主要部分である圧力容器部門を担当していたということで申請人が適任であるとされた。申請人においては設計業務から離れることに当初難色を示したものの上司の説得により結局は配置転換を了承した。

(二)  昭和四七年一〇月原子力容器部容器プロジェクト室への配置転換について(前同)

被申請人においては昭和四七年一〇月技術情報の収集、資料の整理をとりまとめて行うことを目的としてプロジェクト室が新設され三名の主任設計員が配属されることとなったが、たまたま申請人が同年九月相模補給廠事件で起訴されたことが新聞に報道されたため職場における人間関係が悪化することを憂慮し且つ、申請人の設計経験を生かすことも合わせ考慮して申請人を新設のプロジェクト室の桑山主任設計員の下に配置し、技術情報の調査、資料の整備等にあたらせることとした。

(三)  昭和四八年一〇月原子力総合設計部技術課への配置転換について(前同)

昭和四八年一〇月被申請人の組織整備により従前桑山主任設計員が担当していた業務部門が原子力総合設計部技術課に昇格しこれに伴って申請人も配置転換になったもので、申請人の業務内容には変更はない。なお、申請人は、同年一二月二一日の面接の際職場に対する本人の希望として転職希望はない旨回答し、翌四九年一二月二四日の面接の際には職場に対する本人の意見として転職希望はなく、現職場に不満はない旨回答している。

右によれば、申請人の配置転換は、申請人が適任であること、もしくは申請人が刑事事件で起訴されたことによる本人及び職場環境に対する配慮からなされたものであること、または職場の制度の変更に伴うものであることなどいずれも相当な理由に基づくものであって、申請人の組合活動を嫌悪してなされたものということはできない。また、被申請人が申請人に対し、昇給昇格等において不当に低く査定する等の不利益取扱いをしたとの点についてはこれを認めるに足りる疎明はない。

してみれば、申請人の配置転換、昇給、昇格の処遇が不当労働行為であることを前提とする申請人の主張もまた採用の限りでない。

4  以上によれば、被申請人が申請人を懲戒解雇した決定的理由は申請人の組合活動を被申請人が嫌悪したことにあるのではなく、申請人の犯罪行為及び勤務態度の不良にあると認めるのが相当である。

本件解雇が不当労働行為に該当するとする申請人の主張は理由がない。

四  次に、本件解雇は申請人の抱く政治的思想、信条を嫌悪した結果なされたもので、労働基準法三条に違反し無効である旨の申請人の主張について判断するに、申請人が原子力潜水艦寄港反対運動その他各種の政治的活動にある程度積極的に参加してきたことは前記三の1認定のとおりであるけれども、本件解雇が申請人の抱く思想、信条を嫌悪した結果なされたものであるとの点については疎明がなく、申請人の右主張は理由がない。

五  さらに、本件解雇が解雇権の濫用であるとする申請人の主張について判断する。

申請人は、従業員の行為が外形的には就業規則七五条二二号に該当する場合でも、右行為により被申請人の対外的信用が特段に毀損されたとか、職場秩序の維持に重大な障害を惹起せしめたものでなければ、右行為を理由としては懲戒解雇は許されないと主張する。

しかし、右就業規則に基づく懲戒解雇の場合において申請人の主張のように解すべきいわれはない。確かに犯罪行為はその性質、内容等多様であり、一概に従業員が刑罰法規に触れる行為をしたというだけで直ちに懲戒解雇ができると解するのは妥当ではないが、犯罪行為の性質、態様等からみて、右行為が被申請人の信用を傷つけもしくは職場秩序の維持のうえで悪影響を与えるものと客観的に評価ができるものについては、現実の効果としてそのような結果が未だ顕われていないときでも懲戒解雇が許されるものと解しなければならない。しかるところ、申請人がした本件犯罪行為(前示二の1及び2の行為)は、いわゆる破廉恥犯罪ではなく、その行為の根底には政治的信条が潜まっていることは容易に推察され得るのであるが、行為自体は反対派集団に対抗しもしくはこれを撃破するために多数の者らと共に兇器を所持して集合し取締りにあたった警察官に対し暴行を加えたというものであって、別異の評価が与えられて然るべき政治犯の範疇に属さないむしろ私的な目的、欲望を達するための犯罪と評価すべき反社会性の強い集団犯罪であり、客観的には社会の被申請人に対する信用を傷つけ企業内職場の秩序維持にも悪影響を与える行為であると認めることができる。

しかも申請人は、昭和四三年以来五度に亘って不退去罪等の犯行をなし処罰は受けなかったものの逮捕勾留されるなどし、前記認定の2の犯行は1の犯行につき有罪判決が確定して僅か四か月後に敢行されたものであることから推すと、申請人の性格の偏りはかなり顕著で容易に改善される見込みはないものと認められるのであって、被申請人が申請人の前示勤務態度の不良性と相合して申請人を就業規則に則り懲戒解雇したことは誠にやむを得ない処置というべく、本件懲戒解雇には権利濫用と目すべき事由は何ら存しない。

六  以上の次第で、申請人の本件申請は被保全権利についての疎明がなく疎明に代えて保証を立てさせることも事案の性格上相当でないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安國種彦 裁判官 山野井勇作 裁判官 佐賀義史)

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